みどりの歯科クリニック

つくば市みどりの駅の歯科

029-875-8921
〒305-0881 茨城県つくば市みどりのA70-8

ブログ紹介

上記のQRコードを携帯電話で読み取りますと医院の情報がご覧になれます。

HOME»  ブログ記事一覧

ブログ記事一覧

  • 件 (全件)
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5

【連載24】花は国・地域の象徴 8.日本の国花は桜・菊(その6:古典菊の誕生)


日本で生まれた古典菊
江戸時代の日本は、世界でも有数の園芸大国でした。
その中で、かつて中国から渡来した菊においても、日本独自の栽培技術が確立されていきました。

古典菊と呼ばれる、嵯峨菊、肥後菊、江戸菊などが生まれたのもこの時期です(*1)。

・嵯峨菊
江戸時代末期に品種が成立したと考えられますが、嵯峨天皇の頃との説もあります。

咲き始めは花弁が乱れつつ平らに開きますが、次第によじれて立ち上がってきます。
細長い花弁が全部立ちきって、茶筅(ちゃせん)状になったら満開です。

・肥後菊
宝暦年間(1751-1764年)に、菊を愛した肥後熊本藩主の細川重賢(ほそかわ しげかた)が、藩士の精神教育として奨励しました。

薄物の一重咲きで、清雅高爽(せいがこうそう)な美しさが特徴です。
従って、一般の人々に好まれた大輪(たいりん)・厚物咲きのように、豪華さを追求する菊とは異なります。

・江戸菊
文化・文政年間(1804~1830年)に、江戸で大流行したのが江戸菊です。

花が開いてから散るまでに、その形が大きく変化するので、狂い菊とも呼ばれます。
咲いて10日、開いて10日、狂って10日と言われるように、長期間楽しむことが出来ます。

(注記)
(*1) 国立民族歴史博物館:(ホームページ)/歴博とは/プレスリリース/くらしの植物苑特別企画「伝統の古典菊」.


 






 

2018-10-21 12:00:00

折りたたむ

【連載24】花は国・地域の象徴 7.日本の国花は桜・菊(その5:菊の御紋)


菊を愛した後鳥羽上皇
中国の菊が日本に渡来したのは、奈良時代末期から平安初期でした。
それから約400年後の鎌倉時代、菊が皇室の家紋として使われ始めました。

発端は、鎌倉初期に大活躍した後鳥羽上皇が、菊の花を大変好んだことです。

上皇は文武両道で自ら刀を打ち、最も難しい焼き入れ工程もこなしたと言われます。
そして刀の茎(なかご)には、十六弁の菊紋を彫ったのだそうです。

このように、上皇は自らの印(しるし)として、菊の紋を愛用しました。

「菊の御紋」は天皇・皇室を表わす
鎌倉時代後期に入ると、菊の紋は後深草・亀山・後宇多の各天皇に受け継がれました。
こうして、天皇による菊の紋の使用が、次第に慣例化されて行きました。

明治2年には、「十六八重表菊」が公式に皇室を表す紋章とされました(*1)。
花弁が16の八重菊が表を向いた図案で、俗に「菊の御紋」とも呼ばれています。

(注記)
(*1) 内閣官報局:法令全書 明治2年、第八百二 親王家ノ菊章ヲ定ム.


 






 

2018-10-14 12:00:00

折りたたむ

【連載24】花は国・地域の象徴 6.日本の国花は桜・菊(その4:野菊と家菊)


日本を象徴する花:桜と菊
日本を象徴する花は、広く人々に親しまれる桜だけではありません。
そうです、もう一つ、何かしら高貴な雰囲気を漂わす花、菊があります。

この菊には、大きく分けて2つ、野菊と家菊(いえぎく)があります。
前者は野生の菊で、後者は人が栽培する菊です。

野菊:ハマギクは日本の固有種
野菊のなかで特に大きな花をつけるのがハマギク、すなわち「浜に生える菊」です(*1)。
日本の固有種で、青森県から茨城県の太平洋岸に分布しています。

ハマギクは、浜風を受けながら砂浜や海食崖に群生します。
その美しくもたくましい姿から、三陸地方などでは、震災復興のシンボルとされています(*2)。

家菊:中国生まれの園芸品種
一方、家菊は交雑による園芸品種として、中国で生まれました。

唐の時代に入ると、この家菊が盛んに栽培・鑑賞されました。
そして日本に渡来したのは、平安遷都前後と言われています。

平安時代前期に編纂された、古今和歌集あたりから、盛んに歌にも詠まれています。

現在、菊と言えば家菊を指すのが普通で、その和名と学名は次の通リです。

  「和名:イエギク」、
  「学名:Chrysanthemum × morifolium」

ここで、Chrysanthemumはキク属、×は雑種を示し、また、morifoliumはその雑種の種小名です。

(注記)
(*1) 国立科学博物館:(ホームページ)/筑波実験植物園/植物図鑑/ハマギク.
(*2) 三陸花ホテルはまぎく:(ホームページ)/花ことば/はまぎく.
 






 

2018-10-07 12:00:00

折りたたむ

【連載24】花は国・地域の象徴 5.日本の国花は桜・菊(その3:ジンダイアケボノ)


ソメイヨシノが米国に渡る
1912年、東京市長から米国・ワシントンD.C.に、「ソメイヨシノ」の木が贈られました。
これを受けて、西ポトマック公園で記念式典が行われ、米大統領夫人と日本大使夫人が、最初の2本を植樹しました。

式典の最後に、米大統領夫人から日本大使夫人に、バラの花束が贈られました。
品種は「アメリカン・ビューティー」、ワシントンD.C.の花にも認定された、米国で大人気のバラです。

米国で生まれたアケボノ
1925年、カリフォルニア州サンノセの農園で、アケボノ(Akebono)と呼ばれる桜が生まれました。
この「曙(あけぼの)」は英語に訳されて、 "Daybreak" の名でも親しまれています。

アケボノは、東京市から贈られたソメイヨシノを別種のサクラと交雑させ、得られた種子から育てた品種です。
学名は、ソメイヨシノの園芸品種名部分をアケボノに置き換えた、「 Cerasus × yedoensis ‘Akebono’」です。

ジンダイアケボノの誕生
1965年、米国生まれのアケボノが、東京都の神代植物公園に里帰りしました。

その後、同公園で接ぎ木により育てられる中で、アケボノとは花の特徴が異なる木が見つかりました。
そしてそれが新品種であることがわかり、1991年 「ジンダイアケボノ」の名で登録されました。

こうして、米国生まれのアケボノから、新たにジンダイアケボノが誕生したのです。
  「 学名: Cerasus × yedoensis ‘Jindai-akebono’) 」

やがてソメイヨシノを超える?
戦後、日本ではソメイヨシノが大量に植えられ、今では、日本で最も代表的な品種です。
しかし、近年はその樹勢が低下していると言われ、「てんぐ巣病」に弱いことなども指摘されています。

その中で現在、代替品種への植え替えが始まっており、今後さらに加速すると推測されます。

そこで有力なのが、ジンダイアケボノです。

花や開花時期がソメイヨシノに近い上に、てんぐ巣病にも強いことから、(公財)日本花の会も推奨しています。
 








 

2018-09-30 12:00:00

折りたたむ

【連載24】花は国・地域の象徴 4.日本の国花は桜・菊(その2:ソメイヨシノ)


ソメイヨシノ(染井吉野)とは?
ソメイヨシノは、エドヒガン系の桜とオオシマザクラの雑種から生まれた、と考えられてきました。

その学名は、「 Cerasus × yedoensis ‘Somei-yoshino’」です。

ここで、 前半の「Cerasus × yedoensis」は、エドヒガンとオオシマザクラの間の雑種、の全てを表わしています。
後半の「‘Somei-yoshino’」は園芸品種名であり、数多くある雑種の中から、ソメイヨシノを特定しています。

一方、最近では遺伝子解析が進む中で、エドヒガン、オオシマザクラ、およびヤマザクラが交雑して生まれた、と推測されています。

大きく美しい花で溢(あふ)れる
ソメイヨシノは、オオシマザクラとエドヒガンの、両者の優れた点を併せ持っています。

すなわち、オオシマザクラのように、花の一輪一輪が大きくて整っています。
また、エドヒガンと同じように、葉が開くのは花が咲いた後です。

こうして、満開のソメイヨシノの木は、大きく美しい花で溢(あふ)れるようになりました。

一斉に咲いて一斉に散る
ソメイヨシノは自家受精が難しく、たとえ種子が出来ても発芽することはありません。
そこで人々は、接ぎ木や挿し木などによって、ソメイヨシノを増やして来ました。

従って、現在あるソメイヨシノの元をたどると、ほんの一握りの原木に行きつく、と推測されています。
となると、私たちの目の前の木はどれも皆、その原木のクローンと言えそうです。

ソメイヨシノが、どの地域でも一斉に咲いて一斉に散るのは、このためです。
 






 

2018-09-23 12:00:00

折りたたむ

【連載24】花は国・地域の象徴 3.日本の国花は桜・菊(その1:桜の歴史)


日本には、法律などで定められた、正式に国花と呼べる花はありません。
ただし、私たち日本国民に広く親しまれている、桜と菊は日本を象徴する花と言えます。

ここではまず始めに、桜についてお話ししましょう。

花と言えば桜だった
平安時代の文化は、前期までは唐の影響を強く受けましたが、中期以降は日本独自の国風(こくふう)文化が発展しました。
そしてこの時代、桜の花は大変人気があり、「花」と言えば桜をさすほどでした。

「久方の ひかりのどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ」

と詠んだのは、この時期の代表的歌人・紀友則(きのとものり)でした(1*)。

醍醐の花見は秀吉の一大イベント
豊臣秀吉は「醍醐の花見」を催すため、京都・醍醐寺の広大な伽藍に、700本もの桜の木を植えました。
花見当日には、近親者に加え諸大名など約1,300人を従えて、盛大な花見を催したのだそうです。

今では世界遺産に登録された醍醐寺ですが、この故事に倣(なら)い、毎年4月第2日曜日には「豊太閤花見行列」が催されています。

ソメイヨシノが大人気
江戸時代には桜の園芸品種が積極的に開発され、様々な種類の花が見れるようになりました。

そして江戸末期には、300を超える品種があったと言われています。
その一つがソメイヨシノ(染井吉野)で、江戸・染井村の植木職人らによって育成されました。

明治になると、ソメイヨシノは他の桜を圧倒する人気種となり、日本全国に広まりました。

今では、街路樹、河川敷、公園、さらには学校や公共建築物の敷地内など、多くの場所で見ることが出来ます。

(注記)
(*1) この歌は紀友則の代表作で、古今和歌集や百人一首にもおさめられています。
 






 

2018-09-16 12:00:00

折りたたむ

【連載24】花は国・地域の象徴 2.ブル-ポピー: ブータンの国花


国民総幸福(GNH)を象徴するブータンの国花
ブータン国農林省は2017年3月、「ブータン国花は新種であることが判明した!」と発表しました(*1)(*2)。

これまでブータン国花は、通称ブルーポピー、学名メコノプシス・グランディスとされてきました。
しかし、3年間に渡るブータン・日本の共同研究により、ブータン国花はグランディスとは異なる新種、であることがわかったのです(*3)。

そしてこのブータン国花に、新しい学名メコノプシス・ガキディアナ(Meconopsis gakyidiana)、が与えられました。

"Gakyidiana"の前半"Gakyid"は、"Happiness(幸福)"を意味するゾンカ語(ブータンの国語)です。
この花は、ブータンが推進する "GNH(Gross National Happiness)国民総幸福" の象徴なのです。

人里離れた辺境の地に咲く
ブータン農林省によると、国花ガキディアナが生息するのは、標高3,700m-4,300mの高山地帯です。

そして、国内でこの種が見れるのは、開発が遅れた東ブータンの辺境地、メラックとサクテンだけだそうです。
国際空港があるパロやハ(Haa)、さらにブムタンでも似た花が見られますが、種が異なるのだそうです。

一方、ブータン以外では、東ブータンに隣接するインドのアルナチャル・プラデシュ(州)、および中国のチベット自治区南部で見られるそうです。

「天上の妖精」は日本でも見れる
ブータン国が大阪の花の万博(EXPO'90)に出品したブルーポピー(メコノシス属)は、「ホリドゥラ」と言う種でした。
この種は生息域が高山地帯なので容易には見れず、 「天上の妖精」とか、「幻の青いケシ」と言われています。

しかし日本では、幾つかの植物園などで、ブルーポピーを見ることが出来ます。
例えば、「天上の妖精」は長野県大鹿村の中村農園で、6月中旬~7月上旬に美しい花を咲かせています。

(注記)
(*1) MOAF(2017): The National Flower of Bhutan found to be a New Species! March 27, 2017.
(*2) Kuensel(2017): National flower, Blue Poppy is a new species, March 29, 2017.
(*3) T.Yoshida et al.(2016): Dancing butterflies of the East Himalayas New Meconopsis species from East Bhutan, Arunachal Pradesh and South Tibet. Sibbaldia; J. of Botanic Garden Horticulture, No.14, Dec.2016. p.69-96.
 






 

2018-09-09 12:00:00

折りたたむ

【連載24】花は国・地域の象徴 1.国花は国の象徴


国花(こっか)は 国の象徴
私たちが住む地球上には、大小さまざまな国があります。
その数は国連加盟国だけでも193ヵ国に及びます。

そのため、1つ1つの国の特徴を知ることは、容易ではありません。

そこで登場したのが国の花、すなわち国花です。
国花は、各々の国の特徴を、自然界に咲く花を通して表現します。

国という抽象的なものを、花という具体的なもので、親しみやすく表すのです。
「国花はその国を象徴する」と言われるのはそのためです。

バラは愛と美のシンボル: 米国の国花
バラは愛と美のシンボルであるとして、米国はバラを国花に定めました。
1986年11月、レーガン大統領がホワイトハウスのローズガーデンで、大統領布告に署名したのです。

その布告は、バラを選んだ理由、続いて、米国人とバラの親密な関係、を高らかに詠(うた)っています(*1)。

第1段を意訳すると、およそ次のような感じです。

「米国人は数多くある花の中でも、特に親愛なるバラを手にとります。
それは、バラが生命と愛、情熱、そして美と永遠のシンボルだからです。

人間同志の愛、神への愛、そして国家への愛を語ろうとするとき、
きっと、米国人はバラを携えているでしょう。」

第2段はバラとの親密な関係の具体例。ここでは、そのうちの2例ほどご紹介しましょう。

「・初代大統領ワシントンは、自らバラの新品種を作り出しました。
彼が母親に因(ちな)んで名付けたバラの種は、今でも見ることができます。

・ここホワイトハウスも、美しいローズガーデンを持つことを誇りとしています。」

(注記)
(*1) OLRC:(Home Page)/United States Code/Title 36/Subtitle 1/Part A/ Chapter 3/Sec.303 National floal emblem.
 






 

2018-09-02 12:00:00

折りたたむ

【連載23】(夏休み特集)ハワイ 9.まとめ

【【連載23】では、夏休み特集として、 ハワイの民話集の中から、小人のメネフネのお話しをご紹介しました。

今年の夏は記録的な暑さの連続ですが、元気に乗り越えておられますでしょうか?

みどりの歯科クリニックは、これからも皆様と共に歩んで行きたいと思っております。
どうぞお気軽にお立ち寄りのうえ、ご遠慮なくご相談下さいますようお願い致します。

 

2018-08-26 12:00:00

折りたたむ

【連載23】(夏休み特集)ハワイ 8.民話(2) ラカの冒険(その3)


(前回からの続き)

しばらくすると、今度はハミングや話し声が聞こえ、だんだん近づいてきます(*1)。
倒れた木を立て起こそうとして、メネフネたちが集まって来たのです。

しかし、いくら力を振り絞っても、穴に倒れ込んだ木は動きません。

ラカが2人のメネフネを捕える
これを見たラカは穴から飛び出して、2人のメネフネに襲いかかりました。

「俺(おれ)は、カヌーを作るために木を切っているんだ。
これ以上、俺の邪魔をしたら、お前らを殺してやるぞ!」

すると、メネフネは答えました。

「もし私たちを殺したら、カヌーを作って砂浜に引き出す人がいなくなる!
でも、命を助けてくれれば、そして、2つの頼みを叶(かな)えてくれれば、カヌーは私たちが引き受けましょう。

1つ目の頼みは、あなたがカヌーの小屋を作ること、
そして2つ目は、私たちに十分な食物を準備することです。」

ラカはこれを受け入れて2人を開放すると、家に帰って行きました。

カヌーが完成して砂浜の小屋に運ばれる
ラカは、カヌーの小屋を作り終えると、森に行きました。

すると、完成したカヌーを前に、メネフネが言いました。
「あの夜に、カヌーを小屋まで運びます。」 

そして、その夜の真夜中、ハミングと共にカヌーが持ち上げられました。

続く2番目のハミングでは、森から砂浜までカヌーが運ばれました。
最後3番目のハミングで、慎重に小屋の中に据えられました。

ご馳走でメネフネの労をねぎらう
ラカはメネフネたちに、たくさんの食物や魚を振る舞いました。
タロの茎、オパエ(小海老)、そしてオオプ(ハゼの仲間)などが食卓に並びました。

やがて夜明けが近づくと、メネフネたちは家に戻って行きました。

(終わり)

(注記)
(*1) Thomas G. Thrum(1907): Hawaiian Folk Tales.
 









 

2018-08-19 12:00:00

折りたたむ

  • 件 (全件)
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5