みどりの歯科クリニック

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【連載32】アドリア海を行く 7.海洋共和国ドブロブニク


イタリア半島の4大海洋共和国
中世のイタリア半島では、多くの海洋共和国が栄えました。
なかでも良く知られるのが4大共和国、ベネチア、ジェノバ、ピサ、そしてアマルフィです。

ドブロブニクはダルマチアの代表
そのベネチアの拠点、アドリア海の東側に伸びるのが、バルカン半島のダルマチア地方です。
そして、この地方を代表する海洋共和国がラグーサ、現在のドブロブニクです。

強国の支配下で成長する
1205年、第4回十字軍を主導したベネチアは、ドブロブニクに侵入して支配下におきました。
しかし、その自治権をほぼ維持したドブロブニクは、次第にその勢力を増して行きました。

そして1358年、ハンガリーの支配下に移ると、さらに独立性を高めることが出来ました。
 
15世紀、オスマン帝国がバルカン半島に進出すると、ドブロブニクはその支配下に入りました。
しかし貢納(こうのう)することで独立性を保ち、かつ帝国の保護下で交易する特権を得たのでした。

最盛期は15~16世紀
こうしてドブロブニクが、オスマン帝国と西欧社会を結ぶ大役を担(にな)うなかで、
最強の海洋共和国と言われたベネチアは、幾度もオスマン帝国と衝突し疲弊して行きました。

15~16世紀、最盛期を迎えたドブロブニクは、アドリア海でベネチアの他に敵なし、と言われるほどでした。


 



 

2020-03-29 08:00:00

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【連載32】アドリア海を行く 6.世界の小さな国々


面積が小さい国
1位バチカン(0.44)、2位モナコ(2)、3位ナウル(21)、4位ツバル(26)、5位サンマリノ(61)。
これが面積が小さな国の世界ランキング、カッコ内は面積(km2)です(*1)。

1位のバチカンは日本の皇居の1/3ぐらい、そして、5位のサンマリノでも山手線の内側程度しかありません。

南太平洋に2つ
この5つのうちの2つ、ナウルとツバルは南太平洋に浮かぶ島国です。

ナウルはリン鉱石の国。かつてその枯渇で破綻状態となるも、現在は回復に向かっています。
またツバルは沈みゆく国。イタリアのベニスと同じで、海面上昇に悩まされています。

残る3つはイタリア周辺
バチカン、モナコ、サンマリノの3国は、いずれもイタリア周辺にあります。

モナコはフランスに囲まれた国ですが、イタリア国境からわずか十数キロです。
そこは所得税のないタックス・ヘイヴンで、住民の8割以上が外国籍の富裕層と言われています。

サンマリノはイタリア中部のアドリア海近くにあり、現存する世界最古の共和国として知られています。
日本の消費税に相当する付加価値税がないため、買物目的の観光客でにぎわっています。

世界最小国はカトリックの総本山
バチカンはイタリアのローマ市内にある、カトリックの総本山です。
1984年には国全体が世界遺産に登録されました。

サン・ピエトロ大聖堂、バチカン宮殿、そしてシスティーナ礼拝堂など、歴史に残る巨匠たちの作品が溢(あふ)れています。

(注記)
(*1)「国連人口統計年鑑(2012年),表3 (*2)」の各国(海外領土等を除く)の面積(Surface Area)をもとに作成。
(*2) United Nations, Statistics Division; Demographic Yearbook 2012, World Summary, Table 3.

 



 

2020-03-22 08:00:00

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【連載32】アドリア海を行く 5.ベネチア共和国の歴史


東方貿易で栄えるベネチア
697年、ベネチアでは初の元首(ドージェ)が選出され、ここにベネチア共和国が誕生しました。

その後、ベネチアは商人の町としてアドリア海に進出すべく、街や港、また商船や艦隊の整備に力を注ぎました。
一方では、アドリア海の制海権や、東ローマ帝国内での免税特権を獲得していきました。

その結果ベネチアは、アジアで集められた香辛料などの商品を一手に仲介し、莫大な利益を得るようになりました。

十字軍への参加とジェノバとの戦い
さらに十字軍に参加することで、ベネチアは地中海東部の貿易拠点を増やしていきました。
その第1回ではエルサレムの自治権を獲得し、第4回ではコンスタンチノーブルを占領しクレタ島を獲得しています。

また1380年には貿易上の宿敵ジェノバを破り、地中海東部の覇権を奪い取りました。
人口も増大しその最盛期には、西欧ではパリに次ぐ第2の都市として栄えたとも言われます。

オスマン帝国の侵攻と大航海時代の到来
しかしオスマン帝国の侵攻に悩まされ、次第に、領土や地中海の覇権を失っていきます。
さらに大航海時代の到来により、貿易の中心は地中海から大西洋岸に移ってしまいました。

史上最長の共和国が消える
そして1797年、ベネチアはナポレオン・ボナパルトに降伏し、その領土はオーストリアに編入されました。
こうして、697年から1797年まで1,100年間続いた、ベネチア共和国はその幕を閉じました。

しかし、それから200年以上経た今でも、ベネチア共和国は、歴史上最も長く続いた共和国、とされています。


 



 

2020-03-15 08:00:00

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【連載32】アドリア海を行く 4.シェイクスピアの「ベニスの商人」


ベニスの貿易商とユダヤの高利貸し
このお話しの舞台は、かつて 「アドリア海の女王」と呼ばれ栄えたベニスです(*1)(*2)。

貿易商アントニオは友達バサーニオから結婚資金を貸してと頼まれるが、財産は今航海中の商船のなかでした。
そこで彼はユダヤ人の高利貸しシャイロックから、金を借りることにしました。

シャイロックは、日頃の恨みを晴らすチャンスと思い、条件を付けました。、
「もし金を返せない場合、代わりにアントニオの肉1ポンドを取る。」

裁判所の裁きを求める
ところがその後、アントニオの船が難破して、彼は全財産を失います。
一方、バサーニオは大富豪の娘と結婚し、彼女から返済金をもらいます。

そこで、シャイロックに借金を返済しようとしますが、拒否されます。
それどころか、彼は裁判所にアントニオを訴え、体の肉1ポンドを要求したのです。

肉は良いが血は1滴も流すな
裁判官は事の次第を確かめると、シャイロックにこう命じました。
「肉は取って良いが血は1滴も流すな。もしも流せば全財産を没収する。」

これを不可能と知った彼は、それなら貸したお金を返して、と申し立てます。

すると裁判官は、ベニスの法律を見せながら、こう言い放ちました。
「待て、ユダヤ人。今ここで、外国人のお前がベニス市民を殺そうとした。

この場合、お前の財産の半分は狙(ねら)われた市民が取り、残る半分は国家が没収するのが定めだ。
そしてお前の命は、ひとえに元首のご慈悲にゆだねられる。」

キリスト教の慈悲
元首、そして命を狙われたアントニオは、キリスト教徒の慈悲深さを示しました。

その結果、シャイロックは命を救われ、ユダヤ教からキリスト教に改宗しました。
さらに財産の国家没収も免れ、彼の死後には全財産が娘に受け継がれることになりました。

(注記)
(*1) 坪内逍遥訳(1933):ヱ゛ニスの商人, 新修シェークスピヤ全集第十五卷, 中央公論社.
(*2) Charles & Mary Lam(1910?):Tales from Shakespeare, The Merchant of Venice, p.98-113.
なお (*2)は、シェイクスピアの戯曲20篇を、ラム・メアリーとチャールズの姉弟が、少年少女向けの物語に改変・公開したものです(1807)。日本では「シェイクスピア物語」の書名で、幾度も和訳が出版されています。
 



 

2020-03-08 08:00:00

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【連載32】アドリア海を行く 3.翼を持つ獅子がベネチアを守る


獅子像はベネチアのシンボル
ベネチアのシンボルと言えば、サン・マルコ広場に立つ、翼を持つ獅子像です。
この獅子は、ベネチアの守護聖人マルコの象徴です。

かつてべネチア共和国の勢力が及んだ地には、今でもこの有翼の獅子像が残されています。


イスラムの進出と聖マルコの遺物
ベネチアは9世紀初頭、アドリア海の貿易都市をめざして、大きく変わり始めていました。

そのなかで、エジプトのアレキサンドリアを訪れたベネチア商人たちは、
イスラムの勢力が強いこの町で、キリスト教会が窮地にあることを知りました。

そして828年、彼らは聖マルコの遺物を避難させようと、ベネチアに持ち帰ったのでした。

マルコがベネチアの守護聖人となる
聖マルコの遺物を手にしたベネチアは、早速、聖マルコを祀(まつ)る教会を建てました。

それは後に、ビザンティン建築を代表するサン・マルコ寺院となり、現在に至っています。

ベネチア最高の人気スポット
このサン・マルコ寺院は、サン・マルコ広場に面し、かつドゥカーレ宮殿にも隣接しています。
この一帯は、ベネチア観光で最高の人気スポット、とも言われています。


 



 

2020-03-01 08:00:00

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【連載32】アドリア海を行く 2.その名の由来(2): エーゲ海


戦いに破れたアテネ
クレタ島のミノス王に攻撃されて疲弊したアテネは、次の条件で和解しました(*1)。
「9年毎に少年・少女を7人ずつ貢(みつ)ぐ。」

そしてクレタ島に送られた彼らは、怪物ミノタウルスの餌食(えじき)となり、2度とアテネ戻ることはありませんでした。

王子が自ら生贄(いけにえ)になる
アテネで3度目の貢物、すなわち生贄の準備が始まった時のことです。

勇敢な王子テセウスが人々の苦悩を見かねて、自ら生贄になると志願しました(*2)。
クレタ島との約束では 「もしも怪物を退治すれば、以後、生贄はいらない。」 からです。

父との約束と怪物退治
アテネ王アイゲウスは、我が子を前に悲痛な思いで、こう言いました。
「もしも無事だったら、白い帆を掲げてアテネに戻りなさい。」

こうして王子は生贄として、黒い帆の船でクレタ島に向かいました。
そして、勇猛な王子は果敢に怪物に挑み、見事に退治してしまったのでした。

アイゲウスに由来するエーゲ海
ところがアテネに戻る時、王との約束を忘れた彼らは、黒い帆のままで帰ってしまいました。
これを見た父アイゲウスは我が子テセウスが死んだと思い、絶望のあまり崖から身を投げたのでした。

それ以来、アテネの南に広がる海は、アイゲウス(Aegeus)の名に因みエーゲ海(Aegean Sea)、と呼ばれるようになりました。

(注記)
(*1) Plutarch. Lives Vol. I. Translated by Perrin, Bernadotte. Loeb Classical Library Vol.46. Cambridge, MA. Harvard Univ. Press. London. William Heinemann Ltd. 1914.
(*2) テセウス(Theseus)は、後に父アイゲウスの後を継いでアテネ王となる、ギリシャ神話の英雄です。


 



 

2020-02-23 08:00:00

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【連載32】アドリア海を行く 1.その名の由来


アドリア海とは?
地中海にあり、イタリア半島とバルカン半島の間の、細長い部分がアドリア海です。
まずは、その名の由来からお話ししましょう?

時代は古代ローマ以前
その昔、イタリア半島の中部で、エトルリア人が独自の文化を築きました。
彼らはギリシャ人との貿易で栄え、その勢力を広げて行きました。

半島付け根に町をつくる
北に進んだ人々は、半島の付け根、現在のヴェニス付近に達しました。
そこは、アルプスを水源とするポー川が、地中海に流れ込む河口でした。

そして彼らがつくった町は、アドリアと呼ばれました(*1)。

海の名もアドリア海
「アドリア(Adria)」は、この地方で「水、海」を指す言葉 "adur"に由来する、とも言われます(*2)。
そして、この町の前に広がっていた海もまた、アドリア海と呼ばれるようになりました。

こうして古代ギリシア・ローマ時代から、この海はアドリア海と呼ばれて来ました。

(注記)
(*1) Adrian Room(2006): Placenames of the World.
(*2) "adur"はイリュリア語(Illyrian(Venetic language))で、対岸のバルカン半島北西部で広く使われました。


 



 

2020-02-16 08:00:00

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【連載31】十二支と動物たち 5.まとめ

【連載31】では、十二支と動物たちのお話しをしました。

今年の干支、ネズミを中心にした神様と動物たちの昔話を、お楽しみ頂けましたでしょうか。

みどりの歯科クリニックは、これからも皆様と共に歩んで行きたいと思っております。
どうぞお気軽にお立ち寄りのうえ、ご遠慮なくご相談下さいますようお願い致します。

 

2020-02-09 08:00:00

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【連載31】十二支と動物たち 4.特別縁起の良い子年


子は十二支の一番目
今年は「子(ね)」、十二支(子・丑・寅・--)の第一番目の年です。
「子」は象形文字で、子どもの頭髪がどんどん伸びる様子を表わしています。

中国の古文書から
中国の古い歴史書や辞書も、この「子」の意味を解説しています。

漢書は 「新しい生命が創造され始める様子を表わす。」とし(*1)、
説文解字は「十二支の初めに返って、万物が盛んになり始める様子を表わす。」と記しました(*2)。

ネズミは日本の神話でも大活躍
この子の年の象徴となったネズミは、日本の神話でも大活躍しています。
スサノオに焼き殺されかけた、大国主(オオクニヌシ)を助けたのです。

こうしてネズミは、大国主すなわち大黒天の使いになりました。

特別縁起の良い年
大黒天は五穀豊穣・商売繁盛の神ですから、その使いであるネズミも縁起の良い動物です。
と言うことで、今年は12年に一度の、特別に縁起の良い年です。

(注記)
(*1) 「漢書」は中国・後漢の時代に編纂された歴史書で、「律暦志」の中に「子は孳萌なり」とあり、植物の芽が萌(きざ)し始める様子を表わしている、と言われています。
(*2) 「説文解字」は中国最古の辞書で、「子は--陽気動き万物滋(しげ)る」とあります。


 



 

2020-02-02 08:00:00

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【連載31】十二支と動物たち 3.中国に伝わるお話


動物たちの大競争
十二支の動物たちを決めるお話しは、中国では「大競争(ザ・グレート・レース)」と呼ばれています(*1)。
登場する動物や順番は日本と同じですが、違う点が2つあります。

神様の名前は玉皇大帝
1つ目は、中国では神様の名前がわかることです。

すなわち動物たちを集めるのは、玉皇大帝(ぎょくこうたいてい)です。
大帝は道教の神様で、今でも庶民の間で篤(あつ)く崇拝されています。

大きな川を渡る競争
2つ目は競争の内容で、中国では大きな川を渡る競争です。

ウシは水が大好きなうえに、とても優しい動物です。
そこで、泳ぐのは苦手だが賢いネズミとネコは、ウシにお願いして背中に乗せてもらいます。

十二支は日本と同じ
ところが、ネコは途中でネズミに押され、川に落ちてしまいました。
そしてウシが川を渡り切る直前、背中のネズミが飛び跳ねて、川岸に一番乗りします。

こうして川渡り競争の結果は、日本のお話しと同じになりました。

(注記)
(*1) 「大競争」 "The Great Race" は、広く世界に知られています(*2).
(*2) British Council: (Home Page)LearnEnglish Kids/Listen and watch/Short stories/The Great Race.


 



 

2020-01-26 08:00:00

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