みどりの歯科クリニック

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【連載25】今年の干支は亥(い) 5.なぜブタが絶えた?(1.仏教と殺生)

【連載25】今年の干支は亥(い) 5.なぜブタが絶えた?(1.仏教と殺生)


南方熊楠 (1923)は十二支考の中で、「日本では家猪を飼う習慣が絶えた--」としています。
弥生時代から始まったとされる豚を飼う習慣が、なぜ絶えてしまったのでしょう?

天武天皇の禁止令
そのきっかけは、殺生を禁じる仏教が伝来したことでした。

仏教を手厚く保護した天武天皇は、675年(飛鳥時代)、狩猟などの手法に制限を設けました。
すなわち、落とし穴(檻阱)や、槍が飛び出す仕掛け(機槍)などを禁じたのです。

また、牛・馬・犬・サル・鶏の肉を、農耕期(4~9月)に食べることを禁じました。

しかし、狩猟の代表的な獲物であり、かつ稲作の敵でもある鹿と猪の肉は、禁止の対象外でした。
さらに、「続日本紀」には、鶏や豚の飼育を奨励する記述もみられます。

繰り返された禁止令
動物の保護と肉食の禁止は、天武天皇以降も続きました(*1)。
すなわち、持統・聖武・孝謙・桓武など代々の天皇が、幾度も禁止令を出したのです。

度重なる禁止令の中で、はじめに肉食を避けたのは、貴族たちでした。
そして仏教が広く庶民に普及すると、より多くの人々が肉食を避けるようになりました。

こうして、私たちの祖先は、次第に肉食から遠ざかっていったのです。

獲物と家畜は違う?
一言で肉食を避けると言っても、その内容は様々でした。

例えば、数多い動物の種類のなかでも、足の数が多い動物ほど、敬遠されたようです。
すなわち、4つ足の哺乳類はダメだが、2つ足の鳥なら良かったり、さらに魚ならもっと良い、といった具合です。

また、狩りで得た獲物の肉は食べても良いが、家畜を殺した肉は禁止、というのもあったようです。

ブタの姿が見られなくなった原因は、この辺にもありそうです。

(注記)
(*1) 原田信男(1993):歴史のなかの米と肉,食物と天皇・差別、平凡社選書、1993年.

 

 

2019-02-03 12:00:00

干支(えと)