みどりの歯科クリニック

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【連載32】アドリア海を行く 10.スプリットが生んだ偉大なローマ皇帝

【連載32】アドリア海を行く 10.スプリットが生んだ偉大なローマ皇帝

今のスプリット近くで生まれる
クロアチアで2番目に大きい都市、スプリットの郊外にソリンと言う町があります。
かつてソリンは、ローマ帝国の属州ダルマチアの州都で、サロナと呼ばれていました。

そのサロナで244年、解放奴隷の子として生まれたのが、ディオクレスです。

軍人から皇帝ディオクレティアヌスへ
その頃のローマは、国内での皇帝乱立に加えて、ゲルマンやペルシャなど異民族の侵入に悩まされ、帝国存亡の危機に立たされていました。

その中でディオクレスは、一兵卒からはじめて、ローマ皇帝を護衛する近衛師団長になりました。
さらに284年には帝国軍の推薦を受けて皇帝となり、その名をディオクレティアヌスに改めました。

ローマ帝国の大混乱を鎮める
3世紀にローマ帝国を襲った大混乱は、このディオクレティアヌスの皇帝即位で、収束に向かいました。

そこでは国を治める体制や形態を改革すべく、専制君主制や4分割統治が導入されました。

専制君主制では、強力な官僚制を作り上げ、専制的な皇帝が官僚制を介して人民を支配する体制を築きました。
4分割統治では、広大な領土内の混乱を鎮め安定させるため、領土全体を4分割して4人の皇帝に分担統治させました。

スプリットでキャベツを育てる
彼は約束通り20年で退位すると、故郷サロナに近い現在のスプリットに隠棲しました。

あるとき、皇帝の特使が訪れて政権への復帰を請うと、彼はこう答えました(*1)。

「もしも皇帝がこのキャベツを見れば、-- 私がここで自分の手で育てたこのキャベツを見れば、
私にこの幸せを楽しむのを諦めさせ、権力闘争に加担させたりしないだろう(*2)。」

(注記)
(*1) ここで言う皇帝とはマクシミアヌスのことです。彼は、かつてディオクレティアヌスの忠臣でもありました。
(*2) Charles Dickens(1893):All The Year Round, Third Series, Vol.10, p.153.


 



 

2020-04-19 08:00:00

アドリア海を行く